ベネチア発の“KITANO SHOCK”が
トロント、釜山、ロンドン、パリ、ローマ、ニューヨーク
を経由して日本へ。

「第54回ベネチア国際映画祭の金獅子賞(グランプリ)は
『HANA-BI』!、この作品を私たちは全員一致で選定した」

……審査委員長ジェーン・カンピオンの講評が、
プレスセンターにわき起こる拍手と喚声にかき消されて聞き取れない。

その熱狂を受けて、RAI(イタリア国営テレビ局)が『ソナチネ』を緊急放送し、
翌朝の欧米のメディアは一斉に絶賛の記事を掲載した。

「キタノ・ショックがベネチアを襲った」(伊・イル・ジオルナーレ紙)、
有力紙コリエレ・デラ・セーラは「最も秀逸。他の作品が受賞したら私はハラキリしただろう」
という著名評論家のコメントを載せ、
10分間のスタンディング・オベーションが続いた公式上映の翌朝、
早くも仏・ルモンド紙が「金獅子賞確実」とぶちあげた通りの展開となった。

英国からパリへ・イタリアへ、確実に数を増した“キタニスト”(北野武ファン)が、
北野武を一つの頂点へ押し上げたのだ。

同時にそれは、日本映画にとって黒沢明が『羅生門』(51)で、
稲垣浩が『無法松の一生』(58)で受賞して以来の、
39年ぶり、3人目という快挙が達成された瞬間でもあった。

『HANA-Bl』は、この後、トロント、釜山、ロンドン、テサロニキ、ローマ、
ベルリン、ニューヨークを巡って、
1998年1月24日、日本に凱旋する。

[引き受ける」ことと、「ゆだねる」こと。

 主演はビートたけし。「ソナチネ」以来4年ぶりの主演だが、今回彼が演じる刑事、西はただ走り続けてきた男。そんな彼が突然のこどもの死や不治の病に冒されていく妻(岸本加世子)を目の当たりにしてふと立ち止まってみると、走ることの意味さえわからなくなっている自分に気付く。
彼の心のうちで、少しずつ高まっていた苛立ちを爆発させた「発火点」は、同僚、堀部(大杉漣)の事故だった。堀部の好意に甘えて西が妻を病院に見舞ったその日に、堀部は殺人犯の銃撃を受けてしまつたのだ……近しい者が次々に奪われていき、どれにも自分が深く関わっていることに西の心はさいなまれる。
一命を取り止めながら車椅子の生活を送る堀部も、犯人との銃撃戦で盾となって殉職した部下も、自分の身代わりとなったのだ。生きる喜びを絵を描くことに見い出した堀部に画材を送るために、部下の妻を捜助するために、そして妻との残り少ない生活を共にするために、西はヤクザから金を借りることになる。

 西と妻を中心に積み重ねられて行く寡黙なシーンが、青い海と白い砂浜のエンディングに集約されて行く。愛する者のすべてを、生も死も、すべてをひっくるめて引き受けることを決意した男と、そんな男を信して、自分をゆだねることを心決めた女……ラストの「たったふたことのせりふ」が心に刻みつけられる。
「キタノ・ブルー」を引き立てる久石譲のアコースティックな音楽。

 欧米のジャーナリストが、演出と並べて口々に称えたのは「キタノ・ブルー」の色調。その透明感を支え、タイトルに込められた「生と死」のテーマを引き立てるのが久石譲の音楽だ。繊細で叙情詩のようなメロディをアコースティックなサウンドで、映像とのコラボレーションを見事に実現している。


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